第九課 環境を考える 本文 日本の環境問題は、一時期、世界のどの国によりも深刻だった。 「公害先進国」とまで言う人もいる。 戦後、経済が高度に成長して、日本は「経済大国」になったおかげで国土は急速に荒廃して、公害が表面化してきた。 水俣と新潟の水銀中毒、四日市の大気汚染、東京・大阪近郊の光化学スモッグ、 新幹線沿線の騒音と震動など、日本全土で公害は数えきれない。 その上、PCBなど、一つの地域に限られない公害も出てきた。 工場廃液によって、河川や海が汚染され、魚に水銀、カドミウム、PCBなどが蓄積きれた。 魚をよく食べる日本人にとって、これは大きな問題だ。 公害病にかかった住民は、治療法もなく、苦しんでいる。 環境問題が深刻化するにつれて、被害者の住民が公害反対運動に立ち上がった。 公害企業に損害賠償を求める裁判が起こされ、四日市の大気汚染訴訟などで、いずれも住民側が勝った。 これらの結果から、企業側も真剣に公害対策に取り組み姿勢をやっと見せ始めた。 経済成長を考える前に、まず公害対策を考えなければならないという意見が強くなっている。 政府なども公害はこれからの大きな社会問題になりかねないと考え、多くの法律を作って、対策に乗り出している。 公害問題の重要性を認識した政府と民間が一体となって努力した結果、現在では、日本は公害対策先進国と称されるようになった。 しかし、地球温暖化など現代の環境破壊は以前のような限局的な環境とは異なり、 地方レベルから国家レベル、さらに世界的規模の問題へと拡大しつつあり、一般的な公害対策では対応できないことが多くなり。 それで、日本では新しい環境基本法が誕生した。 この中で環境に関する基準や理念や施策などが打ち出されている。 会話 浜田 ああ、富士山がよく見えますね。 田村 ええ、今日みたいに風の強い、よく晴れた冬の日には、この辺からでも見えるんです。 浜田 本当にいい長めですね。 田村 ええ。一時、冬でも見えなかったのが、さいきん、またよく見えるようになったんですよ。 浜田 ああ、そうですか。 田村 車の排気ガスに対する規制が厳しくなりましてねえ。 浜田 あ、なるほど。富士山が見えるのは、空気がきれいになった証拠なんですね。 田村 でも、最近また反対運動が起きましたね、例の観光道路の建設計画に。 浜田 ああ、自然林の中に道路を通すっていう。 田村 ええ。 浜田 いやあ、自然保護団体が黙っているはずありませんよ。 田村 そうですね。でも地元では、町が反対派と賛成派に分かれて対立しているそうですよ。 浜田 ほう、そうですか。それで、賛成派の主張っていうのは何なんですか。 田村 町の発展のために、多少の自然破壊もやむを得ないっていうことなんですよ。 浜田 はあ。 田村 まあ、当然そういう人もいるだろうとは思いますけどね。 浜田 でもねえ、あれだけ豊かな緑は、ほかにありませんからねえ。貴重ですよ。 田村 ええ。 浜田 私があそこの住民だったら、やっぱり反対運動に参加すると思いますよ。田村さんは参加したんですか。 田村 いや、別に。 浜田 そういうことは早いうちにしなくちゃだめですよ。近所の人とみんなで行けばいいじゃないですか。 田村 ええ……。でも、普段あまり付き合いがありませんから。 浜田 じゃあ、署名したらどうですか。 田村 署名?そうですねえ。ごたごたするのはどうもねえ。 浜田 じゃあ、我慢するしかないですね。(高柳和子・遠藤裕子ほか著『日本語会話』中級にもとづく) 応用文 富士山は本当にあるのか 数十年前のことであった。 万国博覧会見物のために、しばらく日本にいたある外国人が、ある時、私の友人に、こう聞いたそうである。 「富士山は、本当にあるのですか。」 この質問には、友人もさすがに驚いたらしい。 よく聞いてみると、日本へ来て富士山を見たいと思っていたが、新幹線に何度乗っても、一度も富士山らしいものは見えない。 その他、いろいろの場所で富士山が見えるという話を聞くが、実際には見たことがない。 あの絵にかいてある美しい富士山は、本当にあるのですか、というのである。 この質問はあまりに突飛で、笑い話のようでもあるが、そこには笑えないものがある。 もちろん質問の意味は、観光の案内書などにはいつも富士山の写真や絵が出ているが、 実際はそのような場所にはないのではないかという、単純な問いなのであろう。 まさかこれは、日本の空がひどく汚れているという現実の大気汚染の問題を捕らえて、 ユーモアか皮肉で言っているのではないと思うが、公害問題に関係している私などには、 この話は、何かそのままではすまされない気持がする。 工業が盛んになるにつれて、日本の空は汚染され、それは戦前をはるかにしのぐほどになった。 富士山の見える日が少なくなったことは言うまでもない。 「富士山は本当にあるのか。」というのは、たわいのない話と言えるが、 それが、「日本の山河は本当にあるのか。」というような差し迫った話題になったら大変である。 私たちは敗戦のとき、「国破れて山河在り。」という言葉を思い出し、 しみじみこの気持ちを味わったが、それが近ごろになって、「苦に栄えて山河なし。」といったような思いをするようになろうとは。 ーーそうなったのもみな、我々自身がしたことの結果なのである。 我々はいつの時代にも、自分のしたことにそれぞれ責任を持つようにしなければならないと深く感じる。(学校図書『国語』にもとづく) 単語 一時期 先進国 荒廃 表面化 水俣 新潟 水銀 中毒 四日市 近郊 光化学スモッグ(~smog) 震動 PCB 廃液 河川 カドミウム(cadmium) 蓄積 公害病 住民 治療法 苦しむ 被害者 賠償 裁判 訴訟 姿勢 重要性 認識 称する 温暖化 限局的 異なる レベル(level) 基本法 誕生 基準 理念 施策 打ち出す 眺め 一時 規制 例 自然林 保護 黙る 反対派 賛成派 対立 主張 多少 署名 こだこだ 万国 博覧会 とっぴ 案内書 単純 まさか 捕らえる 皮肉 戦前 凌ぐ たわいのない 山河 差し迫る 敗戦 破れる あり しみじみ(と/する) 栄える 思いをする 責任