東京に戻ってきた私は、いつものようにプールサイドにいた 気が付くと、武の姿を探してしまう 勝「先生、ね、先生」 スミレ「え?あ、なに勝?」 勝「もう休憩時間は終わり?泳いでいい?」 スミレ「あ、うん、いいわよ」 勝「先生」 スミレ「なに?」 勝「大丈夫?」 スミレ「大丈夫って?」 勝「武、もう、戻って来ないかな」 スミレ「え?」 勝「もう、僕達に、泳ぎを教えてくれないかな」 スミレ「戻って来ないわよ」 勝「どうして?」 スミレ「どうしても」 スミレ「さあ、いいわよ」 いつもの夏、霞んだ空に浮かんだ入道雲 武がいた時は、あんなにくっきり青かった空が、今はくすんでいる 武に会いたかった 【武&スミレ start】 来るはずはないのに スミレが東京にいることが分かっているのに ふらっと空港に行ってしまう 『この空港が花の匂いがするね』 スミレは何故、あんなに急いで帰ってしまったんだろう なんだか悲しそうだった 俺は、一緒にいる人を悲しくさせるんだろうか 『家の近所の公園で星を見た』 波辺で星を見た 『屋久島に比べれば、瞬きの数は少なかったけれど、あの話を思い出した、武がしてくれたお話』 太陽と月は兄弟だった、お母さんは二人を産んで死んだ 『太陽はお母さんの遺体を地球へ送り』 その胸から星を引き出し、思い出として夜空へ舞えた 『もしかしたら、武も深い悲しみを抱えているのかもしれない、ふとそう思った』 星を見ていたら、心の声がよく聞こえた 俺は、やっぱりスミレに会いたい でも、会ってどうする、会って… 『私は自分のことばかりだった、自分を捨てた父の死を受け入れないで、もがくばかりだった、武の心をちゃんと見ようとしていなかった』 スミレ、今、なにをしている 『行こう、もう一度会いに行こう』 星がまた一つ、流れた 【武&スミレ end】 勝「先生、大変、大変」 スミレ「どうしたの勝?」 勝「プールの底に、潜水員か海豚がいるよ」 武「っぷぉ…」 スミレ「武…」 武「ごめん、また飛び込んちゃった」 スミレ「武…」 気が付いたら、私がプールに飛び込んでいた 武「スミレ…」 スミレ「武…」 武「このままだと、息が、苦しくて…」 スミレ「どうして?」 武「ん?」 スミレ「どうして?」 武「どうしても、もう一度、会いたかったから」 スミレ「あたしも、あたしも会いたかった、武…」 【插入曲start】 再び、私は恵みの島に行った いつしか、夏が終わろとしていた 【插入曲end】 武「スミレ、飛んでいる蝶を見た?」 スミレ「え?」 武「雨の中、濡れずに、優雅に飛んでる揚羽蝶」 スミレ「気が付かなかった」 武「黒と黄色のコントラスト…森って不思議だね」 スミレ「水がしっとりと体に巻き付く感じ」 武「あ、雨があがった」 大木の隙間から、幾筋もの光が差し込んできた 海の底から空を見上げた時を思い出した スミレ「やっぱり、森も海の底と同じだね」 武「あぁ。なぁ、スミレ」 スミレ「なに?」 武「これから、俺の家に来ないか?」 スミレ「へ?」 武「話したいことが、あるんだ」 スミレ「うん」 武の家、あの畳の部屋 武は、一枚の写真を手に取りながら話し始めた 武「この写真しか残ってないんだ」 スミレ「え?これ…奥さんと娘さんでしょう?」 武「あぁ」 スミレ「あたし、あなたが結婚してるなんて思わなかったから、この前ここに来た時、これ見て吃驚した」 武「そっか、これ見たのか」 スミレ「今奥さんと娘さんは?」 武「奥の部屋に…」 奥の部屋、日の当たる場所で仏壇があった 武は、その前に正座して線香を点けた スミレ「武…」 武「ナイトダイビングで、仲間と消えてた。朝方戻ると、家が焼けていた、火事だった、煙をいっぱい吸い込んで、女房と娘は、灰になった」 スミレ「武…」 武「跡形もなくなって、如何にも遣りきれなくなって、どこかに行きたくなって、それで…東京に行った。夏休みに東京に連れていくって、娘と約束してたんだ。そして、スミレに会った。初めて会ったのに、そんな気がしなかった。この人の傍に居たいと思った」 スミレ「わたしも…」 武「でも、やっぱり、ダメだった」 スミレ「ごめんなさい、わたし、自分のことばかりで」 武「二とも煙を吸い込んで、苦しかっただろう、辛かっただろう、俺はいつもそれを思う。星の話、したよな?覚えてる?」 スミレ「えぇ…」 武「俺は、夜になるのが待ち遠しかった。夜になったら星が出る、星は、思い出だから。胸から引き出した、思い出だから。女房やと娘の思い出が、あとからあとから浮かんできた。覚えるはずのない言葉まで…俺は、ずっと空を見上げていた、声も聞こえてきた、女房と娘の声」 スミレ「武…」 武「ずっと聞けなかったカセットテープがあるんだ」 スミレ「カセットテープ?」 武「スミレと一緒なら、聞けるかもしれない。女房が、寮から帰った俺に聞かせようと、娘の声を吹き込んだんだ」 スミレ「これ?」 武「あぁ」 『お父さん~夏休みに東京に連れていてください~東京タワーに連れていてください~お父さんお願い~』 【插入曲start】 武は、泣いていた、声を出さずに、ただ涙を静かに流しながら こんなに悲しそうに泣く人を、私は知らない 私は武を抱きしめた スミレ「武…星を見に行こう」 スミレ「塩の香り、夜のほうが強く匂うね」 武「今夜も、星出いっぱいだ」 スミレ「あ、夜光虫…そうだ、待ってて」 武「あ、スミレ、走ると危ないよ」 スミレ「いい?武、見ててね?」 私は片足で海水をグルグル回した いつか武が私に見せてくれたものを 今度は私が見せてあげたかった 波打ち際の美しい銀色が 小さな渦に従って回り始めた スミレ「どう?」 武「綺麗だ、すごく綺麗だ」 スミレ「グルグル回ってるの、水も森も人間も、みんな、全部」 武「夜の海の、夜光虫のように」 スミレ「巡る星のように」 武「スミレ、ありがとう」 スミレ「忘れなくていいのよ、なにもかも」 武「あぁ」 私は満点の星を見上げながら いつまでもキラキラ光る光の縁取りを回し続けた 父のことを考えた 『大丈夫、なにも怖くないよ』と、星が囁いた 【插入曲end】 翌朝、武が私が泊まるホテルに迎えに来た 武「スペシャルゲストが、もうすぐ来るよ」 スミレ「え?誰?」 武「次の船にね」 勝「先生~」 スミレ「勝?」 武「お~よく来たな」 スミレ「よく来たって?」 勝「あっ、先生水着着てる」 スミレ「な、なんで?」 武「勝のお父さんにはちゃんと許可もらった、夕日だって、俺が出した」 スミレ「なんでよ?」 武「勝もさ、俺たちの仲間だから」 勝「先生、僕、絵日記と宿題、持ってきた」 スミレ「そう。宿題って?」 武「この夏の修学っていうタイトルの作文」 スミレ「この夏の修学…」 【插入曲start】【回忆start】 武「っぷぉ…」 スミレ「何やってるの?」 武「潜水…」 スミレ「そうじゃなくて、ここは小学校のプールで今は子供たちの時間なの。さぁ、こっち上がって」 武「っふぅ…」 スミレ「誰の許可もらってるの?」 武「許可…」 スミレ「早くあがって」 武「ん、あ」 武「太忠岳っていう山の天辺にさ、大きな石、天柱石っていうんだけど、それが、突き刺さてるんだ。大きな石が、山の天辺に、それがさ、それが…」 スミレ「武?」 武「大きな、墓石みたいに見えて…」 武「スミレ、ほら、上も見ご覧」 スミレ「上?」 武「星が落ちてきそうだろう」 スミレ「うわ~」 スミレ「武、こっち戻ってきて」 武「スミレ、世界は繋がってるんだ」 スミレ「武…」 【回忆end】 武「な、三人で、千尋滝に行こう」 スミレ「千尋滝?」 勝「行きたい!」 武「東シナ海を一望できる登山道を、歩いて行こう」 勝「行こう!」 武「屋久杉が、俺たちを待ってる!」 勝「俺たちを待っている!」 スミレ「いいけど勝、帽子は?」 勝「っは、いけね、忘れてきた」 スミレ「仕方ないな、じゃあこの麦藁帽子貸したげる」 勝「プカプカだよ」 スミレ「文句言わない、さ、行くわよ」 勝「待ってよ」 武「先生」 スミレ「なによ?」 武「道、そっちじゃなくて、こっちです」 世界中が、緑に包まれていた 笑いながら、武が私に向かって歩いてくる その笑顔を見ていたら、素直に笑うことができた 手を繋いだ、大きな手に包まれていると、世界が繋がった気がした そして、鳥が飛び立った、大空へ、高く、遠く その姿が見えなくなるまで、私たちは空を見上げていた 【插入曲end】