[00:00.00] [00:57.14]私はやってきた、森と水が創る神秘な島、屋久島、武の故郷 [01:04.70] [01:10.37]武「スミレ、こっちこっち」 [01:13.59]スミレ「この空港は花の匂いがするね」 [01:16.78]武「あれ?帽子は?」 [01:18.49]スミレ「へ?ないけど」 [01:20.56]武「しょうがないな、ちょっと待てて、麦藁帽子、買ってやるよ」 [01:25.57]スミレ「え?いいよ」 [01:27.22]武「よくない、これから浜辺を散歩するんだから」 [01:30.52] [01:43.86]武「あの白い花は、浜木綿だよ」 [01:47.49]スミレ「たくさん咲いてるね」 [01:50.40]武「スミレ、よく来たな」 [01:54.76]スミレ「気が付いたら旅に出てた」 [01:57.47]武「旅ってそんなふうにするもんだよ」 [02:00.32]スミレ「ううん、違う、ずっと会いたいと思ってたの」 [02:05.17]武「俺に?それとも、この、海に?」 [02:10.74]スミレ「武、私…」 [02:12.54]武「島の反対側は雨なのに、ここはこんなに晴れてる。見て、あっちの雨雲」 [02:18.90]スミレ「本当…」 [02:20.21]武「この不思議さは来てみないと分からないだろう」 [02:23.04]スミレ「うん、ね?」 [02:25.33]武「っ?」 [02:26.64]スミレ「聞いてる?あたし、本当あなたに会いたかったのよ」 [02:33.00]武「あ、聞いてるよ。俺もさ」 [02:38.22]スミレ「へ?」 [02:39.78]武「スミレに、会いたかった」 [02:43.49]スミレ「うん」 [02:45.35]武「な、ほら、向こうに港が見えるだろう」 [02:50.93]スミレ「船がいっぱい泊まってるね」 [02:52.91]武「宮之浦って言うんだけど、俺、あそこで働いでるんだ」 [02:56.91]スミレ「行ってみたい」 [02:58.29]武「いいよ。そうだ、港から船を出して、海に潜ろ」 [03:01.88] [03:07.21]港では、武と同じような、厚い胸板と、大きな瞳を持った男たちが、船を整備していた [03:15.26]武を見ると、白い歯を見せて笑った [03:18.10] [03:19.56]武「この魚はね、レインボーっていうんだ。水の中では、青と黄色の二つの色しか持たないんだけど、船に上げると、こうして七色に輝き出すんだ」 [03:31.32]スミレ「キレー」 [03:32.83]武「海に潜るのは初めて?」 [03:36.33]スミレ「うん」 [03:37.64]武「大丈夫、なんにも怖くないよ」 [03:39.81] [03:42.50]武は、子供の手を拭くように、私を海に誘ってくれた [03:46.70] [03:48.59]武「腕も、足も、動かす必要ないんだ、ただ、頭から突っ込めば、自然と沈んでいく」 [03:56.68]スミレ「武、手を離さないでね」 [03:59.71] [04:16.31]海の中は、清としていた、口から出る泡は、水銀のように煌めいて、上へ上へと昇っていく [04:26.74]魚が隊列を組んで通り過ぎる、同じ背鰭、同じ鱗、青、黄色緑、列車のようだ [04:38.45]海の中で、武の顔を触ってみた、銀色の武の顔 [04:44.28] [04:47.03]【插入曲start】 [05:51.72]武「今度は森に行くよ?」 [05:53.54]スミレ「いいよ」 [05:54.55]武「疲れてない?」 [05:55.61]スミレ「大丈夫」 [05:57.91]【插入曲end】 [06:01.89]武「この島は雨は多いんだ」 [06:03.80] [06:05.31]泥濘んだ山道を歩きながら、武は言った [06:09.43]苔生した原生林、何千年もじっと呼吸を続けている、大きな杉の木 [06:16.26] [06:17.77]武「滑るから気を付けて」 [06:20.47]スミレ「ね、あれが九州で一番高い山?」 [06:24.06]武「宮之浦岳、標高、1935メートル」 [06:29.37]スミレ「雪も降るんのよね、ここは、南の島なのに」 [06:33.33]武「っは、もしかして勉強した?」 [06:36.12]スミレ「一応ね」 [06:37.39]武「いいな」 [06:38.21]スミレ「え?」 [06:39.02]武「スミレが輝いてる」 [06:42.02]スミレ「汗が滲んでるだけ」 [06:44.15]武「違う、スミレが、とっても自然に笑ってる」 [06:48.79]スミレ「そうかな」 [06:51.28]武「もうすぐ雨が降るんだ、雨の森を一緒に歩きたい」 [06:55.79]スミレ「雨降るの?」 [06:57.08]武「降るよ、必ず。ここはね、一週間に、十雨が降るんだ」 [07:02.40] [07:07.87]圧倒的な緑、一面に、苔が生えてる [07:12.87]雨粒を嬉しそうに全身に受けた胞子の群れは、キラキラ光っている [07:18.25] [07:19.40]武「ね、想像してご覧?まるで、深い海の底にいるみたいだろう」 [07:26.68]スミレ「うん」 [07:28.36]武「木たちはね、数千年の時間の中にいるんだ。水を吸い上げ、葉を伸ばし、太陽を信じてここまで大きくなった」 [07:40.56]スミレ「縄文杉が、樹齢七千二百年って、本当なの?」 [07:44.99]武「これだけ幹が太いからね」 [07:47.49]スミレ「すごい」 [07:49.07]武「二つの杉が一緒になったから、こんなに長生きしてるっていう説もあるんだよ」 [07:54.18]スミレ「素敵、そういうの好き。あ、見て、ほら、本当に異本が一本になってる」 [08:01.73]武「危ないよそんなに走っちゃ、滑るよ」 [08:05.65]スミレ「大丈夫」 [08:08.88]武「そろそろ、見えるよ」 [08:11.08]スミレ「へ?」 [08:12.54]武「こっちへ来て」 [08:13.82] [08:14.87]武に腕を掴まれた [08:17.91]ふっと、男の匂いがした [08:20.75] [08:22.16]武「ほら、あれ」 [08:23.95] [08:26.67]武の指さした向こうに、大きな石が見えた [08:31.33]山の頂上に突き刺さった、大きな石の柱 [08:34.66] [08:36.13]武「な、大きな墓石みたいだろう」 [08:39.37] [08:41.20]私は何故か、何も言えなかった [08:46.28]しばらく私たちは佇んで、その大きな石を見つめていた [08:50.79] [08:52.20]スミレ「武?」 [08:54.29]武「ん?」 [08:56.00]スミレ「何が、あったの?」 [08:59.96]武「別に、なんにもないよ。さ、行こうか」 [09:05.66]スミレ「うん」 [09:06.82] [09:07.98]【插入曲start】 [10:26.20]森を抜けて、浜辺に出た [10:29.95]私たちは、二人でタバコを吸った [10:37.62]【插入曲end】 [10:39.12]武「あと30分くらいかな、いいもの見られるよ」 [10:43.27]スミレ「なに?いいものって?」 [10:44.79] [10:46.86]武の横顔を、夕日が照らしていた [10:51.33]頬に塩を浮かせている [10:54.60]武は、遠くを見つめていた [10:57.04] [10:58.35]武「暫く目を閉じて、波の音を聞いてご覧」 [11:02.50]スミレ「うん」 [11:03.66] [11:18.33]知らないうちに、私は眠ってしまった [11:23.40]不思議な夢を見た [11:26.89]私は八歳の少女で、傍らに、父がいた [11:33.50]父は、優しく私の手を握って、こう言った [11:39.78]『大丈夫、なにも怖くないよ』 [11:43.47] [11:46.82]武「スミレ、スミレ」 [11:49.89]スミレ「ん?あぁ、うとうとしてた」 [11:55.70]武「よく寝てた」 [11:57.04]スミレ「そ?」 [11:58.15]武「寝言いてた」 [11:59.66]スミレ「ウソ?」 [12:01.65]武「ウソ」 [12:02.72]スミレ「えへへ。あ、あっという間に夜」 [12:07.74]武「さぁ、見てご覧、これが、見せたかったもの」 [12:12.26] [12:13.74]波打ち際に、無数の銀色が輝いていた [12:17.13] [12:18.76]スミレ「な、なに?」 [12:20.56] [12:22.12]点滅する細かな光の線が、波に揺られて行ったり来たりしている [12:27.29] [12:27.89]武「夜光虫だよ」 [12:29.61]スミレ「夜光虫!」 [12:31.44]武「見てなよ」 [12:32.46] [12:33.88]そう言うと、武は海に入っていた [12:37.67]加担して海水をグルグル回す [12:41.06]小さな渦巻がきた [12:43.63]その渦巻に吸い寄せられるように、光の束も回り始めた [12:48.08] [12:49.36]スミレ「きれい~」 [12:51.13]武「スミレ、ほら、上も見てご覧」 [12:54.03]スミレ「上?」 [12:55.19]武「星が落ちてきそうだろう」 [12:57.11]スミレ「うわ~」 [12:58.48] [13:00.45]浪間に揺れる光の渦、そして、夜空に瞬くいっぱおの星 [13:06.83] [13:07.64]スミレ「武、こっち戻ってきて」 [13:10.73]武「スミレ、世界は繋がってるんだ」 [13:14.12] [13:15.99]スミレ「武…」 [13:16.91] [13:19.44]私は堪らず海に駈け出した [13:22.53]ワンピースの裾に、海水が染み込む [13:25.16] [13:26.02]武「スミレ…」 [13:27.15] [13:29.23]私は、武に抱きついた [13:33.68]潮風が頬を掠めた [13:36.01] [13:38.28]【插入曲start】 [15:21.00]【插入曲end】 [15:21.31]武「昔、婆ちゃんに聞いた話があってさ」 [15:26.12]スミレ「どんな話?」 [15:28.15]武「星の話」 [15:30.27]スミレ「聞かせて」 [15:33.66]武「『太陽と月は兄弟だった、お母さんは二人を産んで死んだ。太陽はお母さんの遺体を地球へ送り、その胸から星を引き出し、思い出として、夜空に舞えた』」 [15:49.81]スミレ「死んだ人の思い出が、星になるの?」 [15:54.88]武「うん…」 [15:55.77] [15:58.26]スミレ「武…」 [16:00.19] [16:00.41]武は大きな手で、私の肩を抱いた [16:03.91] [16:05.28]スミレ「夏の初めに父が死んでから、何だか、自分が自分じゃなくなったみたいで、今までどんなふうに歩いてたのか、今までどんなふうに笑ってたのか、よく分かんなくなって」 [16:27.79]武「泣いていいんだよ」 [16:30.93]スミレ「武…」 [16:32.54] [16:33.45]人前で、初めて泣いた [16:37.82]武は私の背中を優しく叩いてくれた [16:42.85]心臓の鼓動のように、繊細の楽器を奏でるように [16:48.45] [16:50.18]武「俺があげたブレスレット、つけてくれてるんだね」 [16:54.25]スミレ「勝がね、欲しいって言ったんだけど、ダメって言ったら、先生は武のことが好きなのって」 [17:02.48]武「スミレ」 [17:03.93]スミレ「うん?」 [17:05.91]武「俺の家、くるか?」 [17:09.12]スミレ「うん」 [17:10.42] [17:12.75]星が流れた [17:15.38]西から東へ [17:17.29] [17:19.63]【插入曲start】 [18:55.75]武の家に行った [18:58.37]月光に照らされた、臙脂の瓦に白い壁 [19:02.46]【插入曲end】 [19:02.75]武「さ、入って、今お茶入れるから」 [19:05.15] [19:08.28]畳の部屋、箪笥の上に写真があた [19:13.96]ふと、手に取ってみた [19:16.94]そこには、笑顔の武と寄り添う女性 [19:21.54]そして、二人の間には、幼い女の子 [19:28.18]何で気が付かなかったんだろう [19:31.25]そっか、武は結婚しているんだ [19:36.52]子供がいるんだ [19:38.09] [19:38.96]武「お茶より酒のほうがいいよな?今、魚裁くから、ゆっくり座って待ってて」 [19:45.96]スミレ「うん」 [19:46.46] [19:48.74]慌てて写真をもとに戻した [19:50.81] [19:51.77]武「さぁできたよ~あれ?どうしたの?」 [19:56.48]スミレ「ううん、何でもない」 [19:58.87]武「座ってよ、狭いけど」 [20:02.66]スミレ「何だか今日は疲れたから、ホテル帰る」 [20:05.88]武「え?」 [20:07.49]スミレ「また明日」 [20:09.42]武「そっか、うん、じゃあ、ホテルまで送るよ」 [20:13.98]スミレ「ありがとう」 [20:15.15] [20:16.41]【插入曲start】 [20:23.33]私は翌日、東京に帰ることにした [20:28.15]本当は、もう一日休みを取っていたのだけれど [20:32.02] [20:32.63]武「本当に、もう帰ちゃうの?」 [20:36.01]スミレ「バイト、あんまり休めないよ」 [20:38.95]武「また、来る?」 [20:41.84]スミレ「さぁね」 [20:43.96]武「勝は元気?」 [20:45.68]スミレ「えぇ」 [20:46.75]武「あいつがやってた夏休みの宿題、タイトル何だっけ…」 [20:50.95]スミレ「この夏の修学」 [20:54.09]武「この夏の修学っか」 [20:59.02]スミレ「ありがとう、楽しかった」 [21:02.27]武「こっちこそ、ごめんな」 [21:06.82]スミレ「なにが?」 [21:08.30]武「いや、何だかさ…」 [21:11.07]スミレ「じゃあ行くね」 [21:13.56]武「うん、あ、スミレ」 [21:16.50]スミレ「なに?」 [21:17.96]武「今度は、麦藁帽子忘れんなよ」 [21:21.84]スミレ「うん。これ似合ってる?」 [21:24.41]武「あは、似合ってる、とっても」 [21:28.76]スミレ「武…」 [21:30.64]武「なに?」 [21:32.81]スミレ「ううん、何でもない」 [21:34.46] [21:37.64]しばらく行きかけて振り向くと、武は大きく手を振り続けていた [21:45.04]心を残したまま、私も大きく手を振った [21:51.87]思い切り、空を掴むように [21:55.76] [22:24.92]【插入曲end】