[00:00.00] [00:45.22]今年の夏、私は臨時のアルバイトでプールの監視員をしている [00:51.34]夏休みの小学校、解放プール [00:55.44]赤い帽子を被った子供たちは、私を先生と呼ぶ [01:07.07]そんな子供たちを、時々ぼんやりと見つけてしまう [01:11.88]父が死んだことが、これほど心に影を落とすとは思わなかった [01:17.09]幼いころ、母と私を捨てた父。父は… [01:22.13] [01:23.51]勝「うわー、先生!先生大変だよ」 [01:27.57]スミレ「どうしたの勝?」 [01:28.94]勝「見てよ」 [01:29.74]スミレ「え?」 [01:30.93]勝「あれ」 [01:31.90]スミレ「あれ?」 [01:33.17]勝「プールの底に、何かいるんだ」 [01:36.31]スミレ「何が?」 [01:37.82] [01:40.02]子供たちを掻き分け、プールサイドにタップ [01:43.78]黒い影が、水の底を行ったり来たりしている [01:46.53] [01:47.56]勝「海豚みたいだ」 [01:51.53]その突然の侵入者は、真っ黒に日焼けした青年だった。 [01:55.61] [01:56.71]武「っぷぉ…」 [01:58.19]スミレ「何やってるの?」 [02:00.45]武「潜水…」 [02:01.77]スミレ「そうじゃなくて、ここは小学校のプールで今は子供たちの時間なの。さぁ、こっち上がって」 [02:08.30]武「っふぅ…」 [02:10.08]スミレ「誰の許可もらってるの?」 [02:12.27]武「許可…」 [02:13.69]スミレ「早くあがって」 [02:15.00]武「ん、あ」 [02:16.56] [02:18.24]厚い胸板に、長い睫毛、髪から滴り落ちる水滴な煌めき [02:24.65]向き合って立つと、背が高い [02:26.58] [02:28.47]スミレ「今すぐ出てって」 [02:30.95]武「あんなに熱いから、俺、泳げるところをずっと探してた」 [02:34.76] [02:36.72]大きな瞳は、泣いたように赤く潤んでいた [02:40.10] [02:40.98]武「っは、すいません、何だか、よくわからなくて」 [02:45.08]スミレ「分からない?」 [02:46.92]武「東京が、よくわからなくて」 [02:49.48]スミレ「東京が?」 [02:50.76]武「昨日着いたんだけど」 [02:52.62]スミレ「着いたってどこから?」 [02:54.13]武「屋久島」 [02:55.32]スミレ「屋久島?」 [02:55.89]武「そ!」 [02:57.15]スミレ「屋久島って、鹿児島のもっと南の?」 [03:00.40]武「海に浮かんだ、アルプスみたいな島。海はエメラルド色でさ、俺、もう今すぐに水の中に飛び込まないと、息が出来ない気がして」 [03:09.86]スミレ「からかってるの?」 [03:11.52]武「どうして?どうして俺は、あんたをからかうの?」 [03:17.68]スミレ「っは、いいわよもう」 [03:20.11]武「おかげで、生き返った」 [03:24.16]スミレ「とにかく此処は…」 [03:25.38]勝「先生、もう休憩時間終わり?プールに入ってもいい?」 [03:31.50]スミレ「うっんっああ、そうね、さあ、みんな、いいわよ」 [03:39.69]武「はい」 [03:40.60]スミレ「ちょっと、あなたはダメよ、ちょっと、ちょっと待って!」 [03:44.96] [03:49.91]それが武との出会いだった [03:51.88]【插入曲start】 [06:02.26]【插入曲end】 [06:03.13]私は、その青年と氷小豆を食べた [06:05.91] [06:06.82]武「冷てぇぇぇ、あ、あったま痛ぇぇぇ」 [06:11.85]スミレ「ね、私の話聞いてる?」 [06:14.43]武「聞いてるよ、もう休憩時間に飛び込んだりしない」 [06:19.03]スミレ「あのね…」 [06:20.14]武「先生は、何を教えてる?」 [06:22.68]スミレ「私は先生じゃないの、ただのバイト、私にはあの子達を守る責任が…」 [06:28.60]武「子供って可愛い?」 [06:30.93]スミレ「別に…」 [06:32.12]武「名前は?」 [06:33.44]スミレ「え?」 [06:34.29]武「先生の名前」 [06:36.72]スミレ「スミレだけど」 [06:38.29]武「俺武、スミレか、いい名前だ」 [06:43.10]スミレ「そうかな」 [06:44.37]武「ね、書く物持ってる?」 [06:46.91]スミレ「え?うん、はい」 [06:50.75]武「サンキュー。ほら見て、いい?さ、読んで」 [06:57.74]スミレ「英語?スマイル」 [07:01.07]武「そ、綴り、見てご覧」 [07:05.48]スミレ「s、mi、le、スミレ」 [07:11.42]武「ね?いい名前、誰が作ってくれたの?」 [07:15.17]スミレ「誰だっていいでしょ」 [07:16.54]武「教えてよ~」 [07:18.87]スミレ「父よ、父の実家がお花屋さんだったの」 [07:22.56]武「そっか、花はいいよな、そそ、スミレは、海と森どっちが好き?」 [07:30.57]スミレ「スミレスミレって気安く呼ばないでよ」 [07:33.36]武「屋久島には両方あるよ」 [07:35.30]スミレ「あのね」 [07:36.66]武「日本がギュッと詰まったみたいな島なんだ」 [07:40.15]スミレ「行ったことないから分からないわよ」 [07:42.28]武「あ、さっきの子供」 [07:44.72]スミレ「え?」 [07:45.48]武「ほら、窓の外を、こっち見てる」 [07:48.68]スミレ「あぁ、勝」 [07:50.96]武「あの子は、スミレのことが好きなんだね」 [07:55.41]スミレ「どうかしら」 [07:57.08]武「スミレにもっと優しくして欲しんだ」 [08:00.01]スミレ「あたし子供嫌いだから」 [08:01.73]武「なんで?」 [08:03.20]スミレ「面倒臭い」 [08:04.37]武「どこが?本当は好きだろ」 [08:09.22]スミレ「そんなことない」 [08:10.39]武「本当に?」 [08:11.20]スミレ「しつこい」 [08:14.44]武「あのさ」 [08:15.86]スミレ「なに?」 [08:18.59]武「何でもない。ああ美味しかった」 [08:22.64]スミレ「よかったらあたしのもどうぞ」 [08:24.28]武「あ、サンキュー」 [08:26.71]スミレ「ねぇいい?もう二度とプールには」 [08:29.33]武「スミレ」 [08:30.96]スミレ「なに?」 [08:31.92]武「お父さんは元気?」 [08:34.04]スミレ「え?」 [08:35.62]武「スミレって名前を付けてくれたお父さん」 [08:39.67]スミレ「なんでそんなこと聞くのよ」 [08:41.59]武「え?あ、ごめん」 [08:46.86]スミレ「ごめんね、なんかあたしって怒ってばっかり」 [08:53.23]武「スミレに見せたいな、屋久島の海、綺麗だよ、本当に」 [08:58.22]【插入曲start】 [09:23.15]どこまでも続く海岸線 [09:26.64]打ち寄せる波に素足洗われながら [09:29.88]幼いあたしは待っていた [09:31.60] [09:36.77]あの人が追いかけてきてくれることを [09:40.61]私は、あの人を待っていた [09:43.55] [09:46.63]武「スミレ?どうしたの?何考えている?」 [09:50.27] [09:54.58]スミレ「色んな物を置いてきたの、色んな物を忘れてきたんだ」 [09:59.83] [10:04.54]次の日も、また次の日も武はやってきた、彼は子供たちに泳ぎを教えた [10:11.33]【插入曲end】 [10:12.44]武「水を掴んで、引き寄せる、掴んで、引き寄せる、水と喧嘩しないで、水とお仲良くして」 [10:21.20]スミレ「上手いのね」 [10:22.62]武「海で育った漁師のようで」 [10:25.15]スミレ「違う、教えるの上手」 [10:29.14]武「スミレも泳がない?」 [10:31.11]スミレ「私は監視するのが仕事なの」 [10:33.65]武「休憩時間ならいいだろ?」 [10:35.47]スミレ「私はいいの」 [10:36.98]武「な、ちょっと手貸して」 [10:38.68]スミレ「え?」 [10:39.54]武「さ」 [10:42.02]スミレ「一人で上がれないの?」 [10:44.49]武「小っちゃい手だな。それ!」 [10:47.28]スミレ「ぎゃ!?」 [10:49.86] [10:57.39]【插入曲start】 [11:20.59]久しぶりに水に体を委ねた [11:24.00]いつまでも、どこまでも泳いでいける気がした [11:28.55]このまま体を沈めていたら、ずっと、ずっと昔の記憶に辿り着けそうに思った [11:35.24] [11:37.89]武「スミレ」 [11:40.45]スミレ「なに?」 [11:41.61]武「気持ちいいだろ」 [11:43.27]スミレ「うん」 [11:45.05]武「な、お願いがあるんだけど」 [11:48.14]スミレ「なに?」 [11:49.70]武「緑のあるところに行きたい、どこか知ってる」 [11:55.62]スミレ「私の家の近くに、好きな並木道があるけど」 [12:00.02]武「連れてってくれる?」 [12:02.10]スミレ「うん」 [12:05.15]【插入曲end】 [12:15.74]武「空が高いねぇ」 [12:18.83]スミレ「そうかな」 [12:20.49]武「屋久島の空はもっと高いけど」 [12:23.27]スミレ「そぅ」 [12:24.33]]武「屋久島の緑はもっと凄い、何が凄いって、色んな緑があるんだ。紺色緑、黄色緑、赤緑、みんな太陽に向かってる」 [12:37.19]スミレ「なんだか、あたし」 [12:40.29]武「なに?」 [12:42.83]スミレ「何でもない」 [12:43.99]武「な~に」 [12:46.68]スミレ「屋久島に行けば全てが解決するみたい」 [12:49.60]武「あっははっは、スミレはおかしいね」 [12:54.27]スミレ「え?」 [12:55.78]武「全て解決したいんだ」 [12:58.73]スミレ「そうよ?」 [12:59.79]武「あ、あの白い花、桜躑躅に似ている、この先にガジュマル公園があったらいいな」 [13:08.20]スミレ「そんな大好きな屋久島なのに、どうして今東京にいてるの?」 [13:14.88]武「太忠岳っていう山の天辺にさ、大きな石、天柱石っていうんだけど、それが、突き刺さてるんだ。大きな石が、山の天辺に、それがさ、それが…」 [13:34.78]スミレ「武?」 [13:36.97]武「大きな、墓石みたいに見えて…」 [13:42.34]スミレ「どうかした?」 [13:45.18]武「人間にはさ、動かないと、先に進めない時があるね」 [13:52.66]スミレ「武?ね、いつまでこっちにいるの?」 [13:59.72]武「あれ?」 [14:01.04]スミレ「ん?」 [14:02.29]武「向こうの方に見えるのあれ、東京タワーだよね?」 [14:07.05]スミレ「へ?ああ、そうね」 [14:10.28]武「こんなに離れてるのに、見えるんだ」 [14:13.97]スミレ「どうしたの?登りたいの?いいわよ、東京見物に付き合ったげても」 [14:22.25]武「いいや、やっぱ、やめとく」 [14:25.53]スミレ「そう?」 [14:27.40]武「あ、もうすぐ雨が降るよ」 [14:31.24]スミレ「こんなに良天気なのに?」 [14:33.77]武「匂い、しない?雨の匂い」 [14:37.52] [14:54.01]【插入曲start】 [16:00.51]その日、武は泳がなかった [16:04.16]プールサイドに腰掛けて、ずっと子供たちを見ていた [16:07.95] [16:08.85]スミレ「武、あとで氷小豆をご馳走するよ?工事代」 [16:17.52]武「今日は、教えていないよ」 [16:24.20]スミレ「ね、どうしてかな?」 [16:27.08]武「ん?」 [16:30.12]スミレ「どうして、私はあなたに嫌な感情持たないのかな?」 [16:35.83]武「それは…」 [16:37.83]スミレ「それは?」 [16:39.65]武「スミレも、笑顔をなくしてるから、スマイルのくせに」 [16:46.59]スミレ「へ?」 [16:47.81]武「似てるからだろ」 [16:48.82]【插入曲end】 [16:50.90]スミレ「武と私が?」 [16:53.08]武「あぁ」 [16:55.62]スミレ「似てないわよ、自分でもびっくりしてるんけど、あたし、全然だめなの」 [17:04.23]武「だめ?」 [17:07.42]スミレ「小さい頃、母と私を捨てた父が、死んだの。父なんていないと思ってたし、何てことないと思ってたんだけど」 [17:20.67]武「家族が死んで何てことないなんて、そんなわけないだろ」 [17:25.94]スミレ「家族じゃないわよ、とうに家族なんかじゃなかったはずなのに」 [17:32.70]武「死ぬって、嫌だな」 [17:38.19]スミレ「子供たち見ると色んなことを思い出すのに、あたしこのバイトやってる、バカみたい。武は私みたいなへなちょこじゃない、全然似てない、私と武はちっとも似てない」 [17:59.68]武「俺、明日屋久島に帰るよ」 [18:04.18]スミレ「え?明日?」 [18:08.04]武「早々友達のところに厄介になるわけにもいかないし」 [18:12.24]スミレ「明日って…」 [18:14.12]武「いろいろ、ありがとう」 [18:18.05]スミレ「武…」 [18:19.19]武「帰らなきゃいけないんだ」 [18:23.44]スミレ「そう…」 [18:25.92]武「また、会えるといいね」 [18:30.52]スミレ「そうだね」 [18:32.54]武「スミレ」 [18:34.05]スミレ「なに?」 [18:35.51]武「初めての空の下、初めての風を感じて、初めての人に会う、それは、素敵なことだよ。そうだ、これ、やるよ」 [18:48.67] [18:49.53]武の大きな手が、私の手を包んだ [18:54.30]掌の上にはブレスレット、木彫りの海豚が付いている [18:59.14] [19:00.32]スミレ「ありがとう」 [19:02.19]武「初めてだね」 [19:03.41]スミレ「へ?」 [19:04.13]武「笑ったの」 [19:05.54]スミレ「えへ」 [19:06.89] [19:07.95]ゆっくり去っていく武の広い背中 [19:12.46]行かないでって叫びたかった [19:16.10]でも、声は出なかった [19:22.02]武を包み込む空は、悲しいくらい真っ青だった [19:26.83]【插入曲start】 [20:48.46]【插入曲end】