打ち上げ。 よく聞く言葉だが、いまいち釈然としない。 誰も彼もが何かことあるごとに打ち上げたりしているが、 そんな頻繁に打ち上げていいのってフロリダと種子島くらいだろ。 地上にいる限り、打ち上げれば落ちるのは自然の摂理であり、 したがって、打ち上げに行こうものなら、 きっとその気分も落ちてくるはずなのだ。 昔、ギリシャのイカロスは蠟で固めた鳥の羽で、 勇気一つを友にして、遥か高みを目指した。 だが、その結果は多くの人が知るように、 敢えなく墜ちて命を失った。 然るに、高みを目指さば死あるのみ、 己の限界を知らず空を飛ぼうとするのは、 勇気に非ず、蛮勇と呼ぶべきである。 それは勇者ではなく、愚者だ。 真の勇者は、空気を読んで、あるいは空気を恐れて、 打ち上げに参加したりしない。 以上のことから、結論を導き出そう。 勇気ある賢者は、孤独を恐れず、強制参加のノリのときこそ絶対に行かない。 行かない、行かないと言ったら行かない。 ……ぜ、絶対に、行かないんだからね! × × × ドラマCD、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 『彼女たちの、うぃー・うぃる・ろっく・ゆー♡』 × × × 「……っと、こんなもんか」 「あ、ヒッキー、文化祭の報告書き終わったの?」 「ま、だいたいな。後は家でやる」 「ゆきのんは?進路希望表、終わった?」 「ええ。後は提出するだけ」 「よし、じゃあ後夜祭に行こう!」 「行かねーから」 「行かないわよ」 「ほ、ほんとに行かないの?」 「だから、行かないって。行っても空気悪くするだけだしな」 「あなたの場合、いつもそうよね。 そろそろ部費で空気清浄器を買おうかしら」 「おい、お前冗談でもそういうこと言うのやめろ、 中学のとき、クラスの女子から遠巻きに8×4噴射されたこと思い出すだろうが」 「わぁ、悲しい……。で、でもファブリーズじゃないだけマシじゃん! あたし、よくパパが通ったあとしゅーってしてるし!」 「まったくフォローになってねぇし、お父さん可哀想だろ……。 もうちょっと優しくてやれよ……」 「あ、うん。お父さん……、おとうさんね……。な、なんか変な感じだな……」 「っつーわけで、俺は行かない。 だいたい、たくさん人が集まるところに俺が行っても時間の無駄だ」 「無駄って。そんなことないでしょー」 「確かに私や比企谷君が行ってもすることがないし。 ただその場にいるだけの時間になるわね」 「だいじょぶだよ!ほら、あたしも一緒にいるし!」 「そこが落とし穴なんだな。これが」 「へ?」 「自分が仲良いと思ってる友達に誘われて行くだろ? でもさー。俺と仲良くしてくれる時点てそいつ友達多い人気者じゃん。 どこでもひっぱりだこなわけ。 そいつが他の連中と話している間、こっちはすることないし、 一○○パー周りに馴染めないからひたすら飯食うしかなくなるんだ。 だから最初からそういうところには行かないことにしてんだよ」 「パーティーや式典は社交辞令だらけだから逆に気が楽なのだけれどね」 「なんか実感こもってて怖いんだけど……」 「由比ケ浜さん。私も比企谷くんも乗り気ではないけれど、行くメリットを提示してもらえば、 こちらにも考える余地はあると思うわ」 「そうそう。 例えばリンスがいらないとかモイスチャーミルク配合とか水かけるとアヒルになるとか」 「なんで全部シャンプーだし……。ていうか最後、シャンプーなの?」 「まあ、なんでもいいから言ってみ」 「えー、……あ、みんなで行くと、た、楽しい?」 「極めて主観的で説得力に欠けるわね」 「じゃ、じゃあじゃあ……みんなでご飯食べると、美味しい!」 「人に気を遣うと食事どころじゃないけどな」 「ぱーっとみんなではしゃぐと……、け、健康的……」 「夜に騒ぐことが健全だとは思えないけれど」 「え、えっと、大事な思い出づくり?」 「ああ、あれな。思い出って書いてトラウマって読むパターンのやつだ」 「う、ううぅぅ~っ、ちょっと待って、今考えるから!」 「そう。では、比企谷君。待っている間にデメリットを提示してみましょうか」 「そうだな。……まず、金がかかる」 「世知辛い……」 「いきなりお金の話になるあたり、さすがは比企谷くんだわ」 「まぁな、金の管理は専業主夫の必須スキルだからな!」 「皮肉のつもりで言ったのだけれど……」 「もうヒッキーも慣れちゃってるから。でも、確かにお金は結構かかるんだよね。 お店じゃなくても、鍋パとかタコパとかカレパでもそれなりに」 「な?パ?れ?……え?ごめんなさい。 何を言ってるか全然わからなかったわ……。何語なのかしら、それは」 「んっと、鍋パーティー、たこ焼きパーティー。カレパーティーの略かな」 「鍋とかカレーパーティーってどうやんだよ。 カレーライスに蝋燭立ってたりすんの?」 「みんなでお家に集まって、作って食べるんだよ!」 「あなたもそこに含まれているのかしら……。その催し、 絶対に誘わないでね」 「安心して!あたし、ドリンク担当だから!」 「料理下手の自覚があるのは偉いけどな……」 「……とにかく、 打ち上げとかクラス会とかお金払って嫌な思いしにいくとかどうなってんだよマジで」 「う、うーん……そっかー。そうなのかな!」 「まだあるわよね、比企谷くん」 「ああ。――頑張って話そうと思った結果、余計なことを言う」 「う。うわー……確かに、あんま仲良くない人と喋んなきゃ喋んなきゃって思って、 言わなくていいこと言っちゃうときあるかもー……」 「だんだん由比ケ浜さんが説得されてきているわね……」 「というわけで、満場一致で行かないってことでいいな」 「異議なし」 「えぇーっ!?」 「ううううう、何かないかな何かないかな……。……あ、……一緒にいられると、嬉しい」 「……」 「……」 「はあ、これじゃやっぱダメかー」 「……ふっ。まぁ、メリット、ということにしておきましょうか」 「え、じゃあ、ゆきのん、一緒に行ってくれる?」 「ええ、最初に顔を出すくらいなら付き合うわ」 「俺は遠慮しとく。その他大勢からしたらお呼びじゃないだろうしな。 こっちは気にせず、楽しんできたらいい」 「き、気になるんだけどなぁ……」 「……あー、……気にすんな」 「う、うん……」 「じゃ、俺帰るわ。小町、たぶん飯作っちゃってるし」 「では、小町さんによろしく」 「おお。言っとく」 「え、ちょ、ほんとに帰るのー!?」 「ああ、じゃあな」 こうして俺の文化祭はようやく幕を閉じた。 祭りの狂騒は既に遠く、校舎に溜まった余熱もいつの間にか冷めている。 ただほんのわずかな言葉が潮騒の如く耳に残り、心にはほのかな灯を照らしていた。 こんな気分で家へと帰る文化祭。それも悪くないと思えてしまう。 ……やはり、俺の青春ラブコメはまちがっている。 「こ、このまま終われるかーっ!」 「諦め、悪いのね……」 × × ×