彼の目に見えるものは すべて曲がって見えたし 曲がって見えるのが本当だろうと信じていた 目の前のものが霞んで見えたんだ お気に入りの本の題名すら忘れてしまった ううん、そうじゃない 口に出せば言えるような気がしたけど それが今となっては何の意味も持たないような 遠い思い出のような気がした そんなことを考えること自体 笑いたいようなことだった 人の目を気にしながら すこしあせったような気持ちで甘ったるいコーヒー一口飲むと 5粒の綺麗なピンク色の錠剤をあわてて口にほうり込んだ それを一気にコーヒーで流し込んだ ふらふらになった 俺は求めているんだ なんでもいいからHighになるものくれよ 軽蔑の眼差しに怯えていた なあ、俺は求めているんだよ でも何かで自分を守りたいんだよ 彼はその日誰にも会いたくないと思った 見慣れた街の見知らぬ部屋のベッドにうずくまっていた 人からの信用をすべて放棄してしまうだろうと なんだかやりきれない気持ちになったけれど 夕べ知り合ったばかりの彼女をおもむくままに抱いた 彼の体に押し込まれた彼女の頭をかきむしると 黒に染め直した髪の毛の根本の方に まだピンク色の髪が残っこているのを 彼は見つけた ポケットのドラッグより濁ったピンクだった 埃と汗の匂いがするピンク色の髪の毛の根本を ベトベトになるまでなめた 彼女の体を抱き寄せても 彼女の中の何かを考えるようなことはしなかった なんだかやばいような気がするな そう呪文のように唱えた 突き刺さるような痛々しい街の素顔の上を ふらふらになって歩いた 誰からも愛されるような笑顔で微笑む自分とうものを想像してみた 自分がなんなのか分からない そんなふうに悩むことって なんだか真夜中の電話みたいだ きっと、あなたに見せている 自分自身さえ本当の私じゃない って、そう言われたことがあったけれど 少なくともそんなふうに話してくれることが 彼にとってはうれしいことだった 俺はさぁ、誰のために生きてるわけでもないさ 自分がかわいいと言う それだけとも違うけどね 約束なんか守らない でもほらよく見てみろよ 知ってるかい 馬鹿げてるよ 最低だ、まいったな あれこれとひとり言を呟く彼は 錆びついたガードレールを目で追いながら歩いた 人との調和の中で、生きることと 自分の思うように生きることと ときどきものすごい勢いでかけ離れた存在になる 彼は思うように行きたいと思った せめて、そのために自分の心を犠牲にしてもかまわいと思った 孤独になることも 淋しくなることも 誰にも理解されないことも それは思うように生きることとの その代償かもしれない でも世界の平和はどうなるんだろう いったい誰のために何もしなくていいのだろうか 間違っているよ 自分自身を納得させるまでに至らないうちに 彼はすぐだめなった ほんとうに最低だった 彼にとって こんな嫌でどうしようもない気持ちは 行儀よく2列に並んだ ピンク色の上物のドラッグそのものなんだ 最高の気分だった 髪の毛の生え際が ピンクの色の彼女のことを思い出した 彼女に部屋からこっそり持ち帰った小説を まるであの娘からのラヴレターのような気持ちで 読んでいた