頭の上、柔らかいボンボン時計の音が好きで膝を抱いて眠っていた。 温水プールの栓は抜かれ大洪水が僕を襲った。 突然の永久追放。 この身を絡めつけたロープはちょん切られて、 幾つものスポットライトが僕を睨みつける。 新しい世界はとてもとても寒い。 勇気を出して初めての空気を吸う。 顎と頬っペのお髭を飽きずにジィジィ鳴らして新聞読んでる父さん。 僕と弟のパジャマを畳んでよーいでストーブまで駆けっこ。 祖父母のお家のコケコッコより元気な母さん。 転がすウインナー。焦がしたトースト。フーフーしながらココアをズルズル啜る。 ガラガラぺーして黄色い帽子で寝癖を押さえて「行ってきます」 さぁからったカバンと回覧板、 どんぐりのヤジロベーを小指に乗っけて、 バイバツブルで階段下りたら団地の広場で「おはよう」 横切る茶畑、サクサク霜踏み、鎌田の商店、金柑工場、 過ぎれば大名行列出来てる鳥坂。 大きなジャングルジムを横目に教室入って起立礼着席。ジングルベル。 筆箱取り出しノートを広げて国語と算数理理社社。 先生に内緒でもくもく膨らむ空想が天井に充満。 悪ガキだらけの落書きだらけの机に画用紙広げて、 ぷかぷかお船の浮かんだ港を薄めの赤青黄色で塗った。 両手をポッケに突っ込み廊下を歩いてあの子とこの子がどうとか、 ヒロヒソ女子は内緒話。取っ組み合いして憂さ晴らし。 赤本を伏せて踊り場に溜まる。 弁当を開き第一ボタンを外してひんやり冷たい地面にゆっくりと横たえた。 人目をはばかり行き場を無くしたため息は馬鹿に白くて可笑しく、 たかぶる意識に冷たい耳たぶ。 チグハグは多分僕そのもの。 キャンバスの隅の落ち葉に埋もれる孤独を見つけて飼いならす。 灰を落として排気ガスのような煙を肺から吐いた。 くすぶるやる気。はびこる怠惰。 すこぶる芥川的不安に駆られる。 こっそり隠れて春樹に耽溺できた。デカダンてか稚気。 ドキドキしながらあの子を誘って江ノ電に揺られ、 傾く日を背に苔生す階段登ればいつもの堂々巡り。 ほんとは知ってる。僕らの秘密。きっと禁断の横恋慕。 でもなぜだか鬼さんこちらと笑っていざなう危険なかくれんぼ。 僕の恋したあなたはきっと月世界人。 知らない星の知らない国からやってきてこんなに側にいま座ってるんだ。 君にかかれば風光明媚。 僕はといえば明眸皓歯。 最後の瞬間まで重なる2つの影法師。 「たとい世界に拒まれてもかまわないから君に愛されたい」 右肩に伝わる温もりの主と人生の約束がしたい。 真っ赤な心の呟きに偽りはないし、いつまでも今を、 僕らの間に焦げるくらい深く焼き付けておきたかったんだ。 業つくばりな自分を隠してエントリーシート提出。 ひたすら這いつくばり休まずに進む誰かのカントリーロード。 会社に戻って会議の内容を上司に報告。ほっと一息。 メールを返信。空咳を一つ。席から立ってホットコーヒー。 片手に朱を入れられた企画書の詳細にざっと目を通し。 週明けの切までおそるおそる指折り数えると、 眉間に皺寄せ、眼鏡を傾け、 眼球押し付け、ぼやけたイメージ。 焦点合わせる、目肩腰に圧し掛かる疲れもいつか。 クレヨンで描いた最初の似顔絵。 娘の手書きの肩たたき券で、 荷が下り背中に一本まっすぐ支柱を据える朝顔の鉢。 海外赴任で任期を終えて帰国した仲間としばしば立ち話。 「同期のあいつはどこだっけかな」 「昔に比べて痩せたなしかし」 給与明細、源泉聴取、確定申告、年末調整。 全てを鞄に詰め込み明日に繰り越し西口玄関。 京浜急行、北口改札、優先席付近に突っ立って。 閉まる扉を抜け背広を直してビラ広告を避けながら、ガラガラ暖簾をくぐる。 生中二つと烏龍茶、冷奴、こまいホッケの塩焼き、 真っ赤な顔して息子とどぶろく芋ロック。 自転車に初めて乗れたあの時の泣いて喜ぶ不思議な顔や、 ビー玉飲み込み家族総出で背中をさすって吐かせた話を、 虱潰しに話すと苦虫噛み潰したような息子の顔と、 笑う彼女に肩を持たれてさてとそろそろおあいそう。 一段と冷え込む。コートの襟立て千鳥足。 重たい瞼で、深々座ったタクシーに一人。街のネインに映る白髪。 足音立てずに玄関を開けてネクタイ外す。 皺数の増えた、師走の女房が傾ける急須。湯のみに茶柱立ちニコリ。 追い炊きのお風呂。柚子の浮かぶ湯で汚れを落としザブンと鳥の行水。 身体の芯まで暖めこたつの脇に敷く座布団。 傷んだ板の間軋ませ息つく暇もないほど、 平蜘蛛のごとく働き続けて互いに支えて営みし日々も今となっては、無言で十分。 言葉にし得ないその何かこそ。ゴホンと咳き込み屈んでゴロンと寝転んだ。 こんこんと雪が静かに召される姿が逆に闇夜に移ろう窓の向こう。 うとうとまどろむ、少年は途方に暮れて戸惑うを纏う。 仮にすべてを綺麗さっぱり否定したとしてそのあとに一体何が残るのか。 君は漠然と怯えているが大丈夫。 去るものは去るべくして去るし、逆もまた然り。 腐らずに矛盾に耐えて偶然を愛せたならきっと必然に愛されるさ。 儚き長旅、片道切符、日暮れて道遠しの人生は浮き沈み七度。 くたびれきっても君が心から帰りたい場所があったとすれば、 それを幸福と呼べばいい。とても素敵なことだ。 直線よりもまん丸いその円に永遠を見ればいい。 傍らでは気付くと私の掌を みんなが温かい温度で握っていて、 除夜の鐘の音は徐々に遠くなり、 私は一足先に大好きな春で待とう。 かつて触れた匂い、形、色や音や味、 すべてにありがとうと小さく最後の息を吐いた。