摘めと言ふから ばらをつんでわたしたら、 無心でそれをめちやめちやに もぎくだいてゐるのです それで、おこつたら おどろいた目を見ひらいて、 そのこなごなの花びらを そつと私の手にのせた 綾にしき何をか惜しむ 惜しめただ君若き日を いざや折れ花よかりせば ためらわば折りて花なし それはそれは ひとひらの花びらに書かれた あの緑の夏の思ひ出だけど 恋ふるねがひはあだにして、それは いまはいまは ただ疑ひに枯れゆくばかり しぐれよ、つげておくれ あの人にわたしは今夜もねむらないでゐたと しぐれよ あの人に… とめてとまらぬ わが眼や水は流れけり 君を葬りしその水は 手折ればくるし、花ちりぬ 消なば消ぬべき 夏の夜の夢さめざるに この不実なる砂原に ますます深く迷うばかり 月出でしほの江に浮び 光ながれて花にほひ 枝をたわめて薔薇(さうび)をつめば うれしき人が息の香ぞする それはそれは ひとひらの花びらに書かれた あの緑の夏の思ひ出だけど 若き命は束の間に散りて いまはいまは 君は いま世にあらざるか しぐれよ、つげておくれ あの人にわたしは今夜もねむらないでゐたと しぐれよ あの人に… しぐれよ あの人に…